自然の達人から聞く、小坂の魅力。
mainimg

(1)御嶽の知られざる別天地

 南北に直線で3.5kmと広大な山頂エリアをもつ御嶽。主峰・剣ヶ峰(3067m)をはじめ、摩利支天山(2,959.2m)、継子岳(2,858.9m)、継母岳(2,867m)の四峰があります。百名山にも数えられるその姿は気高く、神々しく、とても美しい名峰です。
 「御嶽」っていうと、火山で、ガレキの岩があって、荒涼とした、おどろおどろしいイメージがあると思うんですよね。山岳信仰の山として全国に有名になりすぎたこともあって。
 ところが“飛騨頂上”周辺には、皆が思っていた御嶽のイメージと違う、緑豊かな世界が広がっている。僕も12年前に来たときに、「こんなところがあるんだ」と非常に驚いた。南側の岩と砂の荒涼とした世界とは対照的に、摩利支天山より北側は水と花と緑が豊かで、その美しさは言葉を失ってしまうほどです。
 飛騨側の頂上、標高2798mに、私が11年前から番人をする「御嶽 五の池小屋」があります。小屋の周囲には、“五ノ池”をはじめ“四の池”“三の池”と、いくつもの高山湖があり、“高山植物の女王”と言われるコマクサを始め、多くの花が咲き乱れる別世界が広がっています。

 五ノ池ほど変化の激しい面白い池はありません。春、雪が解けると直径30mほどの、やや大きめな池ができます。周囲の景色や夕焼け空などが池の水面に映り、とても美しく山の景色を演出してくれます。7月には、池のほとりにハクサンイチゲやミヤマキンバイなどの数々の高山植物が咲き始め、下旬から8月の中旬にかけて花の最盛期を迎えます。時には雷鳥一家が出迎えてくれることも。
 飛騨頂上周辺には、他にも三の池、四の池があって、それぞれに個性がある。
 三の池は御嶽のご神水、神様の池と言われていますが、水自体は四の池の方が美味しいんですよ。小屋から30分ほど歩いたところにある四の池は、池といっても水が溜まっていなくて川になっているから、やっぱり流れている水の方が美味しいんですよね。それで、四の池の水でコーヒーをいれたり、お抹茶を点てるんです。
 四の池には滝もありますしね。川から標高2,800mくらいのところから、春になると80mの滝が流れています。なかなか直接は見えないんですけれども、角度的に。見えるのはロープウェイとヘリ。
 それに、四の池周辺は高山植物の宝庫です。池の中は広大な湿原になっていて、その中心には小川が流れるお花畑があります。御嶽の知られざる別天地です。私はここに一人で出掛けて行くのが好きです。五感を研ぎ澄ますと、何とも言えない幸せな気分になります。

(2)“高山植物の女王”コマクサの保護

 御嶽は、“高山植物の女王”と言われるコマクサの生息に非常に適したところです。しかし、歴史をたどると御嶽のコマクサは一時、乱獲により絶滅の危機に瀕したことがあるのです。一部の心無い人たちがコマクサを根こそぎ採っていったり、写真を撮ろうとコマクサの生息地に侵入したりしていたからです。
 五の池小屋がオープンした2000年頃は、コマクサは登山道から離れたところで、ぽつぽつと咲いている程度でした。御嶽の自然の中で、本来多くのコマクサが生息していたのならば、出来る限りもとの姿に戻してやるべきだと考えました。僕が小屋に入った最初の年、まずそこにロープを張って。それ以来、コマクサと一緒に歩んできました(笑)。
 保護活動といっても、基本的には出来るだけ人間の手を入れないことを心がけ、ロープ規制や看板などで注意を促し、人が立入禁止区域内に入っていないかパトロールする、シンプルなものです。
 あとは、友人が御嶽の長野県側にある開田村でペンションをやっているのですが、そちらにもコマクサがたくさんあって、開田村の学校に「いっしょに保護しませんか」と持ちかけたんです。「子どもたちが保護しています」と掲示しておけば、いくら悪いやつでも盗掘しようとは思わないんじゃないかと(笑)。
 しかし自然の回復能力はとても優れていますね。保護活動をはじめて約10年、現在では千株以上のコマクサの大群落を見ることができるようになりました。コマクサはここ御嶽を代表する花にふさわしく、今も美しく咲き誇っています。

(3)「五の池小屋」のこだわり

 2011年6月、五の池小屋はより大きくなって、新たなスタートを切りました。これまでの木造板張りの小屋の東側に、約30㎡の二階建ての新館が完成し、収容人数は2倍の100人となり、ゆとりが生まれ、より快適に利用できるようになりました。
 しかし、大きくなったからと言って五の池小屋の基本コンセプトは変わりません。今まで通り、素朴でアットホームな山小屋を目指しています。お泊まりになった方々が自然と語り合える、そんな人の輪が広がっていくことが理想です。
 部屋は、基本的には四畳を一区切りとする。それをカーテンで仕切るようにして、一人だったら四畳をそのまま、カップルでも使えるし、4人で使っても布団をひくスペースは一人1畳分ある。カーテンを開いてしまえば、10人以上の団体でも使えて、真ん中で車座にもなれるし。
 とは言え、“個”の時代ですから、「プライベートを確保したい」というご要望が増えてきたこともあり、新たに更衣室を設けるなど、そのあたりも配慮していこうと思います。
 また、新しい小屋の一角に“くつろぎ部屋(仮称)”を作りました。これまでだと、連泊の方が過ごされるスペースが厨房付近で、それだと電話もかかってくるし、周囲を気にしないといけないし、落ち着いていただけなかったかなと。
 それに、将来的にはカフェと居酒屋を併設したいんです。単純に面白いことをやりたいなぁというのもありますが、山に来れば晴れた日ばかりじゃない、雨の日もあるし、どんな日であっても楽しんでいただけることをご用意したいと、そういうことです。

 五の池小屋では、お客様にお出ししている食事と、従業員がいただくものは基本的に同じ。だけど従業員にしてみれば、そうそう毎日、同じものばかりだとさすがに飽きるじゃないですか(笑)。だから料理には自然とバリエーションができて。毎日がアドリブみたいな。もちろん定番料理もあるんですけれども。
 食材は1シーズンに5回、ヘリコプターで運ばれてきます。定番は「野菜の天ぷら」。去年から「ケイチャン鍋」をはじめて、けっこう好評でしたね。6月は「ウド」が採れるので、それを味噌汁に入れたり。良く使う食材は減りも早いし、使わないものは傷んでしまうし、バランスを見ながら、最後はピッタリと終わらせる。もったいないですからね。
 それと、五の池小屋でお出ししている味噌は、実は手作りなんです。1シーズンに、少ない時で60kg、多い時で120kg、四斗樽で作ります。
 好きな器を選んで頂いて、抹茶をお出しすることもあります。料理にはレトルト食品を使いませんし、チーズやソーセージ、それに地元の清流・小坂川で育ったアマゴなどを燻製にして、ナイトメニューにしたり。
 そうそう、以前、どうしても釣りがしたくなって、濁河付近の川に釣りに出かけていたときに、お客さんから急に「今夜泊まりたいのですが」って電話があって、急いで小屋に戻ったんですが、お客さんはとっくに着いていて。当然、食事の準備ができていなかったので、釣った岩魚を焼いてお出ししたんですよ。そうしたらお客さんが、「これは最高! 天然岩魚なんて旅館でも食べられん!」って(笑)。

(4)薪ストーブを担いで登る

 五の池小屋は「薪ストーブ」のある山小屋です。パチパチと木が燃える音に耳を傾けていると、時間の流れを忘れさせてくれます。穏やかな景色を眺めていると、心がゆったりとしてしまって、「もう歩かなくてもいいや~」なんて思ってしまうのでしょうか、ゆっくりとコーヒーを飲んだり、お酒を楽しんだりして、ぼんやり、ニコニコしているお客さんが多いです。
 「薪ストーブ」は、料理ができるもの。キッチンストーブ。上が直火になっていて、湯が沸かせるのはもちろん、鉄板焼きもできる。お好み焼きもできる。オーブンでピザやパンを焼いたり。庫内が大きくて、炉の中にダッチオーブンを入れて丸焼きもできる。なんでもできる。それに、すべての調理がお客さんの目の前でできるじゃないですか。その場で炒めたり、焼いたりしたものを、バン!とお出しできる。

 実は、2011年6月に「薪ストーブを担いで登る」なんていうヘンなイベントをやったんですけれども(笑)。
 登山体験として、みんなが集まって“イェーイ! ピース!”というノリももちろんいいんですけれども、僕がやりたいことは、もうちょっと体育体系で、みんなで何か一緒に作業をする、みんなで汗を流して、一緒に飯食って、というところにあったりもして。
 それに、今後カフェを開設する際に、僕がやりたいスタイルを実現するには、薪ストーブの存在が非常に大きくなると思うんですよね。それがないと成立しないと言ってもいいくらい。それをヘリで上げるのは簡単なんですけれども、何かもっと大切なものとして扱っていきたいなぁと。
 薪ストーブは30パーツくらいに分かれているんですよ。一番重いパーツで20~30 kgのものが6~7個。それは男性や救助隊に頼んで。女子もたくさん集まってくれたので、軽いものを。みんなで上がって、小屋に着いたら組み立てて、火入れをして、ご祈祷して、パーティー。その日は宿泊料半額です。 薪ストーブを中心に、小さなテーブルを置いて、椅子を置いて、コの字になって。すると自然にコミュニケーションが生まれる。それが一番やりたいこと。年齢関係なく、お年寄りの話しは為になるし、若い子の話も年配の方には刺激になるしね。面白いじゃないですか。
 山って特別な場所ですよね。そういう雰囲気が自然に生まれる特別な場所。下界ではなかなかそうはいかないと思うんです。強引にやろうとは思いませんが、山小屋のスタッフが架け橋になればと思うんですよね。お客さんどうし、自然に始まることもありますけどね。それを僕たちがお手伝いできるとうれしい。「今日はやったぞ、活気があるぞ」ってね。

(5)きちんと森を育てる必要性

 小屋で使う薪を登山者自身が運んでくるというのもいいかなって。そのためのベース、「薪ステーション」も構想しています。
 薪もね、下呂市の山が荒廃しているので、そこで間伐したものを使おうと。除間伐自体は既に行われているから、その作業から体験することもできるんですよね。間伐材の有効利用は、ベンチなどの木工製品を作ったりと、いろいろ考えられていますが、シンプルに燃やして熱にするのも、ひとつの良い方法かなと。
 今まで小屋では、暖をとるのに石油ストーブを使ってたんですけれども、6月に薪ストーブを導入したことで、ほとんど石油を使うことがなくなって、化石燃料の消費をずっと抑えることができたんです。灯油ストーブの場合、ヘリコプターでの輸送費を考慮すると、一晩に約1,800円分の燃料費がかかっていた。石油はこのまま使っていけば必ず枯渇してしまいますよね。そして、新しい石油ができるまでには何万年もの時間が必要です。
 その一方で、薪ストーブで一晩に燃やす薪の量は、広葉樹で約20本、針葉樹だと約50本。木は40~50年でそれなりに大きく育ち、間伐した木は薪にすることができ、短いサイクルで燃料にすることも出来ます。それにはきちんと森を育てなくてはいけないのですが。もっともっと岐阜県の山が健全に保たれれば、いっそう自然からの恵みも得ることができるのです。そうなってほしいなぁ。
 登山される方が、山小屋で利用する薪を1本でも2本でも自ら運ぶことで、山や森について考えるきっかけとなればいいなぁと思うんです。今後は、濁河温泉登山口に薪棚を作り、イベントとしてではなく、誰もが薪を運べる環境を作っていきたいです。

(6)自然体験を通じ、謙虚さを学ぶ

 五の池小屋って、そうやってみんなで作っている感があるんですよね。だけどもっともっと、いろいろ仕掛けていかなきゃと思ってるんですけれども。
 僕としては、もっと子どもたちに来てほしいな。山に登って、ここに泊まっていってほしい。コマクサの保護活動をいっしょにやってくれている、長野県開田村の子どもたちみたいに。年に1回、中学2年生の子たちが来てくれるんです。以前に僕が学校で御嶽の話しをしたことがあって、するとそのお礼にって、みんなが野菜を持って登ってきてくれるんです。持ってきてくれた野菜は薪ストーブで料理して、みんなでいただくんです。
 実は五の池小屋から、開田村の中学校が見えるんですよ。それで、夜に父兄が集まって学校で花火をあげて、小屋で見えるかって確認したり(笑)。すごく見えるんですよ。それに、鏡を使って「SOS」を発信しても、ちゃんと見える。そんなふうに、上と下とで交信ができるんですよね。
でも本当は、それを岐阜県で、小坂でやっていきたいんですよ。

 大きな天災があった今だからこそ、自然を体験すること、知ることは重要で、そこから学ぶことは多いと思うんです。自然に対する意識というか、自然の厳しさ、自然の怖さを知る、そこから学ぶことで、自然をナメてかかることがなくなるというか、もっと謙虚になれるんじゃないでしょうか。
 自然のなかに身を置く。自然を味わいながら、ゆっくりと山の時間を楽しんでみる。
 山にはいろいろな楽しみ方があるはずです。登山にはいろいろなタイプがある。ひたすら頂上だけを目指す、そんな登山も否定しません。どんな登山があってもいいのですが、せっかくなら、普段より少しゆっくりと、あたりを見渡す。そんな余裕をもってみるのもいかがでしょうか。
 何かを達成する喜びもいいけれど、無理する必要もない。自然のなかに身を置き、ふだんは眠っているかもしれない自分の五感をフルに活用してみると、それまで気が付かなかった自然の美しさや尊さにハッと気付くことがあります。
 そんな発見を通じて、私たち自身が、何か“新しい自分”に出逢えたような気がする。そんな瞬間があるのです。自分に合ったスタイル、ぜひ探してみてください。

前に戻る
  • 2010年小坂の味コンテスト レシピ着
  • ようこそ小坂へ
  • 達人と小坂を楽しむ 体験プログラムイベントカレンダー
  • 小坂の滝めぐり
  • NPO法人 飛騨小坂200滝
  • 飲める温泉 ひめしゃがの湯
  • ウッディランド 飛騨小坂ふれあいの森
  • 飛騨頂上御嶽山 五の池小屋
上にもどる